そのうち日記

ありきたりなことを書く

過去の話【青森とトラウマ】

青森旅行で海を見た時に思ったことがあった。


f:id:sengayk:20260526105705j:image

 

私の人生に大きな影を落としたアイツもここに立ってたのか。こんな綺麗な景色の中で生まれ育ったのか。てかアレは犯罪じゃね?

まずそう思ってしまった。

 

しばらく忘れたフリをしていた。夫と出会って、毎日が楽しくて、二人でいろんな思い出ができていてそれどころじゃなかった。

だが、旅行を機に不妊治療と相まってメンタルがどーんと落ち込んだ。

 

私は悪くない。その前提を心に刻んで認知の歪みとその矯正のため書いていく。

 

19歳の頃だ。端的に言えばレイプされた。

男の人の腕の掴む力、低い声、怒号、空気の変わり方が恐ろしくて、本気で殺されると思った。殺されないように生き延びようとして、全く望んでいない結果になってしまった。

人として何も尊重されなかった経験は後にも先にもあの時だけだ。

 

それよりも前に付き合ってた彼氏と初めてセックスした時は、痛かったが嬉しくて泣いた。

セックスは愛し合う二人がするものだ。結婚したい相手とするものだ。ずっと望んでたことで、だからとても幸せで泣いた。女として幸せだと思った。

その信条が壊されてしまったことが許せなかったし、拒否できなかった自分のことも許せなかった。

 

その後、相手からしつこく連絡もくるし、私は「好き同士になれば信条通りになるのではないか」と半年ほど関係を続けてしまった。

相手を好きになろうとした。好きになって貰えば女として幸せなんだ。

これは当時の私の自己防衛、正当化、生き延びる道だ。間違ってなんかない。当時の私は失った尊厳を取り戻そうと必死だった。

人として扱ってほしかった。あの出来事が無かったことにできないならせめて、と。

 

当時の相手は訳が分からなかった。一貫性がなかった。

年末年始青森の実家に来ないか。弁当作って。付き合うか?彼女にはできない。彼女できたから。家行って良い?彼氏いんの、次の彼氏は俺だな。好きな男いんの、あっそ。もう帰んの。もう帰れよ。彼女と別れた。俺と結婚するか?早く子供欲しい。離れても良い友達でいよう。青森に行っても仙台きたら遊ぼう。

ちゃんちゃらおかしい。

半年で仙台から青森へ就職することがわかっていたから未来なんて無かった。

私も「こどもほし〜」「結婚する?」なんて浮かれて言っていた。今思えばあいつの子供を私が産んで、あいつが嬉しそうに抱く姿なんて微塵も想像しなかった。「結婚したら喧嘩してすぐ離婚するだろうな。」と思っていた。

今は夫で想像することは想像に容易い。そして胸が温かくなる。

 

こいつを好きになることも結婚も無理だ。一番初めが恐怖による支配と暴力だ。そして人間性も品性下劣だ。浮気も平気でする。公衆の面前で女を殴るような男だ。

会う時にドキドキウキウキというよりも、緊張し怯え続けている自分を自覚していた。会いながらも心の中で見下していた。

「だーれが馬鹿なお前なんかと結婚すんだよ。浮気する人って何回もするし現にしてるじゃん。人を不安にさせるために結婚するの?」

当時の私はそりゃもう可愛いかった。それなりに賢くて器用で真面目で一途で将来良妻賢母になれる子。

「お前なんかに勿体なさすぎるだろ。この子はもっとまともな人と結婚するんだから、お前は人生の汚点だ。謝罪してさっさと失せろ。」と当時の二人を見て言いたい。

 

今になって思えば、当時は自覚してなかったが「自分が人からゴミみたいに扱われる価値のない人間ではない」と思いたかったんだと思う。

レイプなんか望んでない。最初から人として尊重されて、近づくのならお互いを大切にするのが当たり前だから。

だから縋りついた。だから問いかけ続けた。一方的に傷つけられた理不尽さにずっと理由が欲しかった。

ひたすら必死だった。当時の自分を思い出すと切ない。

 

関係が終わってからも仙台宮城東北を離れるまでは苦しんだ。

街に思い出や面影が残っているから。

東北にいる間も家族や友達との楽しい思い出や、景色の美しさは感じていた。

だがこびりついた記憶はなかなか薄れなかった。何度もフラッシュバックしてその度に苦しんだ。

青森って字を見るのすら嫌になった。西公園から仙台西道路を通るのも怖くなった。駅前のロフトから広瀬通りに出るまでのメインのアーケードも、南町通のガソスタも全部視界に入れたくないし通りたくなくなった。

だから離れてからすごく気が楽になった。

大好きな故郷、良い街。わかっているのに戻れない。私が苦しんでいる間も、あいつは青森から子供を連れて何事もなかったように仙台や宮城を訪れる。

あいつは私から安心できる故郷も奪った。

 

あの日、断固として帰れば、誰かに助けを求めてれば、私の人生は違っただろう。

男性に警戒心を持つこともなかったし、泣いて悔しくて腹が立って寝られない夜もなかっただろうし、人生に絶望もしなかった。多少の失恋や失敗であれば乗り越えられたはずだ。天真爛漫に若い時代を謳歌していたかもしれない。東北にいる間に東北をたくさん堪能していたはずだ。

そんな、あったかもしれない私の人生も奪われた。

 

離れてから数年間は自分を責めた。返事も返さない頭の中のあいつに問いかけ続けた。

「何がダメだったんだろう。なんで拒否しきれなかったんだろう。なんであんな奴に好きになって欲しかったんだろう。なんで連絡返してくれないんだろう。私はどういう存在だったんだろう。なんであんな酷い扱いを受けたんだろう。なんであいつは期待させるようなことを言ってきたんだろう。なんでこういうことできるんだろう。なんで平気な顔して過ごしてるんだろう。」

「このまま男性を信じられなくて一人で生きるのかもしれない。こんなことが起きた私を誰が受け止めてくれるんだろう。このまま泣いて苦しい夜がいつまで続くんだろう。」という不安が大きかった。

今となっては当時の私に、「自分は何も悪くない。自分を守るための必死の行動だった。十分頑張った。苦しいけど自分の力で幸せになれるよ。」と言ってあげたい。

 

私が結婚して幸せになった今でも思い出して恨んだり怒っているのは「私が苦しんできた時間、なんでお前は何事もなかったように人生を歩んでいるんだ。」と思っているからだ。

もう昔みたいに自分を責めるのはやめた。薄々自覚していた「失恋に酔ってる失恋気分」もなくなった。

相手にとっては些末な出来事だったのかもしれない。忘れたのかもしれない。めんどくさい女と関わった苦い思い出になっているかもしれない。たまに思い出しているかもしれない。罪悪感を抱いているのかもしれない。もうわからない。それが辛い。

私とあいつで、あの出来事に対する人生が不平等に感じて辛い。

本当にここ最近になってやっと「あれはレイプで犯罪だった」ことに気づいてから、見方が大きく変わった。

 

SNSは自分の人生を見えなくする。

他人の断片的な人生のハイライトだけ切り取って見せてくる。それに触れて自分が怒ることも、自分の現状と照らし合わせて悲しむこともわかっているのに、触れに行ってしまう。

喧嘩の絶えない冷め切った家庭ですとか、離婚しましたとかが見られたらザマアミロと言えるが、そんなことまであげる人はなかなかいない。

とにかく不幸であれと願いながら、SNSに上げられる「仮初かもしれない紛うことなき事実」に打ちのめされるのだ。

 

自分の現状は不妊治療中だ。

なんで長年お前のせいで苦しんできた人間が今も苦しんで、お前は馬鹿みたいにポコポコ子供作ってんだよ。共働きで私の稼ぎくらいだろ。なんでレイプ魔が女の子育ててんだよ。気持ち悪い。妻もこの男の本質に気付かねえのかよ。教えてあげよっかな。家庭崩壊すりゃ良いよ。

今の怒りはこれだ。少し前まで自分を責めて苦しんでた自分とはだんだん変わってきている。八つ当たりにも似ているが、八つ当たりされて然るべきだと思う。

失恋した女の子だった過去の自分は、人を恨む般若になった。人の不幸を純粋に心から願うようになった。あいつはおそらく不幸になるだろうと信じてやまない。それが自分にとっての救いだ。

 

たまに「自分とはもう関係ないでしょ?自分の人生を考えて!」「自分の人生が充実してないから起きる嫉妬では?」と言う人もいる。ネットでいくら検索してもそういう文言しか出てこない。

私は自分が良い心理状態になるなら、立ち直れるなら、とことんこうやって悪感情を利用する。道徳的倫理的にどうなんだと言われようが知ったこっちゃない。自分の人生の充実と他人の不幸を願うことは両立することも可能だ。

私がされたことや奪われたものは何も変わらない。

 

だからと言って、すでに特定している職場や家族のSNSにバラす行動には至ってない。

レイプという犯罪の立証が難しい。自分の労力かけて相手を不幸にして、自分が不利になる可能性を考える理性は残っていた。

だがこれを書いていて「なら私が結婚する前にバラしてやればよかった」と思った。

何度も何度もあいつの妻にどう伝えてやろうかと考えてしまう。あいつに言ったって絶対謝りもしない。感情的になると暴力を振るい日本語が通じなくなる人間だからだ。

 

今になって振り返ると、あいつは不思議なくらい似たタイプの女性を選んでいた。今の妻もそんな感じだ。

おとなしく、人当たりが良く、あまり自己主張の強くない女性。そして処女かどうかを気にしていた。

あいつが遊んでる女の子について「どうせもうセックスしたんでしょ」と呆れ気味で言ったら「は?!処女だからやるわけない!」と言ってきたことがあった。じゃあ私は既に交際経験あって処女じゃないからレイプされたのかよ。

長い間そんなことを考えてしまった。

今は違うと分かる。処女かどうかで人を尊重するか決める人間がおかしい。

 

もちろん本当の理由は本人にしか分からない。だが私は、他の男と比較されない経験浅そうな相手、自分から離れていかない相手、自分の弱さや欠点を突きつけてこない相手を求めていたのではないかと思っている。

自分を対等に評価する女性ではなく、自分を脅かさない女性を。

浮気するくせに浮気されたって被害者ヅラするような奴だ。自分に自信がないんだろう。

そんなのと結婚までしてしまった女が理解できない。あんな男が普通の父親として暮らしていることが、今でも受け入れられない。生まれてきた子供はただただ哀れだ。父親が性犯罪者なんて知らないのだ。

 

この恨みや怒りがある意味原動力になっている。

見返してやろうと国家資格をとった。それなりに良い稼ぎで働けている。地元を離れて夫と出会った。幸せな結婚生活を送れている。夫と全国巡ってたくさんの思い出ができている。あとめちゃくちゃ美人で可愛くなった(言わせてくれ)

夫と東北に移住したい。夫とたくさんの思い出を塗り重ねて、あいつの記憶を薄めようとしている。

これは私が掴み取ってきた人生だ。あいつとは何も関係がない。原動力ではあるかもしれないが私の実力だ。

 

夫と青森に行って、綺麗な景色を楽しんで、あいつの記憶なんて踏み躙ってやる。

もし街中で会ったら家族の前で罵詈雑言を浴びせてやりたい。それで家族関係が悪くなるなら当然の報いだ。

だから私はまた平気な顔して青森に行く。我が物顔で楽しんでやる。

 

昔ほど思い出して苦しむことは頻繁ではなくなったが、何かのトリガーでまたこの怒りは再燃するだろう。環境が変わって充実しててもどこかにまたトリガーがある。

そんな状態がいつまで続くかわからない。そんな自分が心底嫌になるが、起きた事実は変えられない。

だからそのたび怒っても恨んでも良いと思っている。一生許さなくて良い。あいつの幸せなんて願わなくて良い。一つの家庭の崩壊を喜んでも良い。

私は何も悪くない。

 

 

誰にも言えないことだから、今流行りのチャットGPTに相談した。かなり長くしつこく夜明け前まで問いかけた。人工知能のくせに早く寝たそうにしてたくらい長く。

問いかけは必要だ。問いかけられることも必要だ。見方がどんどん変わった。

 

今まで誰にも話したことがなかった。話す価値もない出来事だと思っていた。

だが自分の中で考えが煮詰まって溺れていたことに気づいた。無駄なプライドを捨てて自分本位さが少しでもあれば、誰かに語って聞かせていただろう。またそこで未来は、現在は違ったのかもしれない。

世の中同じような経験をした人は少なくないかもしれない。

そういう時に匿名で吐き出す場所はたくさんあるが、聞いてくれて問いかけてくれる何かが必要だと思った。

だから自分の傷を素直に話せる人の勇気はすごいと思う。

そして寄り添って聞いてあげられる人はかけがえのない存在になるのかもしれない。

 

今回は私の気持ちの整理だ。悪感情も全て曝け出した。

数年前の苦しみの真っ只中の自分とはまた違う考え方になった。

数年後また自分がこれを見た時にどう思っているのか、少し楽しみだ。

東北の話【十和田奥入瀬弘前八戸】

翌日は十和田発でどこに行こうかあまり決めていなかった。

f:id:sengayk:20260527025919j:image

せっかくなら弘前で桜を見たい。

だが今年は暖かかったため、弘前城の桜はもう散っている。岩木山の麓の桜は咲いてるのか?と一旦行ってみることに。

行く途中、奥入瀬や十和田湖があるので近くを通ってみよう。

海沿いドライブから山のドライブになった日。

 

奥入瀬周辺から八甲田山ゴールドラインを通って弘前へ。

GW始まったこともあって交通量が多い。

カーブの多い道をノロノロ上がっていく。

走っているだけで清々しい。

f:id:sengayk:20260525144721j:image
f:id:sengayk:20260525144700j:image
f:id:sengayk:20260525144657j:image
f:id:sengayk:20260525144707j:image
f:id:sengayk:20260525144710j:image

標高が上がるごとに春から冬へ逆戻りしていく。

森林限界を越えると雪壁が現れた。

数年前にGWに蔵王に行った時と同じくらい雪があった。

今年は暖かいから普段よりも溶けているのかもしれない。


f:id:sengayk:20260525144714j:image

酸ヶ湯周辺の除雪車。

酸ヶ湯はすごく混んでたので寄らなかった。


f:id:sengayk:20260525144649j:image
f:id:sengayk:20260525144653j:image
f:id:sengayk:20260525144703j:image

途中、橋から山を見渡せる場所があった。

遠くから山を見ると、下から上へ、春から冬へのグラデーションになっているのがよくわかった。

杉のない、新芽の緑に包まれる山って良いな。

ただ、豪雪地帯なのもあって、ガードレールがベコベコに歪んでいた。

雪の重さはとんでもないんだろう。

 

その後、弘前と西目屋村まで行ったが桜は散っていた。

弘前のレトロな建物とか弘前城も知っているが一人で見る気が起きず、そのまま道の駅でラーメンとトウキビの天ぷらを食べる。


f:id:sengayk:20260525144717j:image

めちゃくちゃ甘くて塩がかかってて美味かった。

 

そのあとは十和田湖側の道路で十和田市まで帰った。

チラッと見えたが、いつか十和田湖とか蔦沼も見てみたい。

 

そのまま八戸へ向かう。

八戸と十和田市の間の謎地帯は丘陵地帯だ。

宮城県北の栗原〜一関あたりを思い出した。

 

17時くらいに八戸についた。

八戸も三陸から続く太平洋側の港町のイメージだったが、思ったより坂が多かった。

三陸の港町は山に囲まれた少ない平地に出来てて、八戸は大きな山はないけど丘陵地帯に広く街ができた感じなのかもしれない。

石巻女川志津川気仙沼陸前高田大船渡釜石大槌山田宮古久慈八戸

なんとなく三陸沿岸は制覇した気がする。

まだ宮古から上は行き足りない感じがするのでまた何度か行きたい。

不思議だけど、知り合いに八戸の人がいたり、石巻にいた時でも漁港として良く名前を聞くからか、遠く離れた八戸に少し親近感を覚えていた。

ましてや今回は日本海側から陸奥湾を通ってまったく知らない秋田青森を走ったあとだから、尚更太平洋側の安心感があった。

来てみるとまた違う印象だった。

 

三陸道や東北道で弘前や八戸や十和田は心理的に近い気がして、今回は様子見にとどまってしまった。

また夫か友達と来るでしょう。

勿体無いが、その日は天気も悪かったのでそのまま寝た。

 

次の日、16時まで石巻に戻らないといけない。

9時に出発してそのまま三陸道を南下していくだけだ。

蕪島も興味あったがひとまずスルーし、今回の旅で行きたいと思っていた種差海岸へ向かった。

f:id:sengayk:20260527022348j:image
f:id:sengayk:20260527022344j:image
f:id:sengayk:20260527022336j:image

一面芝生。夏になって海の青と空の青と交わればそれはもう美しい場所だろう。今回は天気が少し悪くて残念。

階上灯台と近いからか似た景色だが、どちらも夏にまた来たいなぁ。

 

そんなわけで三陸道を通って16時までに石巻に帰った。

冬に三陸道を通って久慈から階上まで行った時は天気が悪かったが、今回はその後晴れて海の景色もめちゃくちゃ良くて走ってて気持ちよかった。

時間があれば鵜の巣断崖や北山崎や浄土ヶ浜にも行きたかったが、以前見たのと疲れすぎててスルーした。

 

途中、風が強いので大船渡のあたりのやたら標高の高いところを通るのが怖くて、45号線に降りた以外はずっと走ってた。

今回見たことない東北を巡ったのと、普段三陸道を走りすぎてるので、見慣れた宮古あたりまで来ると「地元帰ってきたあ」という気分になったのは我ながら面白かった。

 

個人的にはめちゃくちゃ良い旅だった。

次また一人で気ままに旅できるのはいつになるだろう。子供が生まれたらどうなるんだろう。

まだまだ若くて身軽だと思ってたが、そろそろ潮時なんだ。車中泊で何泊もしながら地方を跨いで日本中回っておいてよかった。

九州もまだ1回しか行ってない。その一回(新婚旅行)で全県制覇はしたが、まだまだ見られてないところもたくさんあるからまた行きたい。大分の別府湾、宮崎の青島神社、鹿児島の知覧、熊本の天草や阿蘇、長崎の島原や大村湾や稲佐山の景色が脳裏に焼きついて走馬灯で見ようと思っている。

佐賀福岡はあんまり見られなかった。また福岡ならすぐ行けるし佐賀も近いと思って…。高千穂峡も大隅半島も都井岬も平戸もどんなところかまだ見られていない。

だから一人ドライブの旅でも九州に行ってみたい。

 

今回の旅を許してくれた夫にも大感謝だ。

夫とも一緒に色んなところに行きたい。秋田も青森も山形も岩手も福島もいろんな季節にたくさん行きたい。東北の見所は住んでいた時期も合わせてほぼ網羅できた気でいるが、まだたくさんあるしいろんな季節で見ることはできていない。東北6県×四季で24回くらい行きたい。それはなかなか難しいので宮城に戻りたい。宮城を拠点にたくさん巡りたい。

 

夫と出会う前も一人で好きなところに行っていたが、青森だけは行けなかった。

結婚してすっかり嫌な記憶を忘れたと思ってたのと、これを逃したらいつ行けるのかわからないとお尻に火がついて、今回の旅行は実現した。

夫とまた行ってやるんだ。自分の人生のために。

東北の話【下北半島】

翌日は晴天だった。

f:id:sengayk:20260525142104j:image

 

むつ市から脇野沢へ向かう。

途中で大湊の近くを通った。

ゴールデンカムイの鯉登少尉のお父さんがここから艦隊出してたよね〜

 

晴れて気持ちがいい。海が透けている。

f:id:sengayk:20260525142151j:image

脇野沢から仏ヶ浦あたりまではアップダウンやカーブの激しい道路だ。

恐山は今回行かないので、主に海沿いを回る。

運転なら下北が一番楽しかった。

 

f:id:sengayk:20260525142900j:image

遠くに見えるは昨日行った津軽半島だろうか。今日は綺麗に晴れてるんだろうなぁ。


f:id:sengayk:20260525142818j:image
f:id:sengayk:20260525142824j:image

仏ヶ浦。海から船で見ることもできるし、海岸まで降りていくこともできる。


f:id:sengayk:20260525142903j:image

仏ヶ浦とか恐山とかも凄いけど、下北ドライブで声を上げたのはここだ。

カーブ曲がったら、いきなりドデカ岩!

男願掛岩と言うらしい。

f:id:sengayk:20260525143332j:image

真横を通る車がこのサイズなんだからとんでもなくでかい。

下北半島をドライブする際は、カーブ超えて急にドーン!と見えるので、脇野沢から大間方面がおすすめだ。


f:id:sengayk:20260525142856j:image

大間は割と人がいた。


f:id:sengayk:20260525142832j:image

風が強くてカモメが風に流されていった。


f:id:sengayk:20260525142849j:image
f:id:sengayk:20260525142828j:image

あんなところに灯台が。

すぐそこに北海道が見える。


f:id:sengayk:20260525142821j:image

そして義務感に駆られてマグロ丼をいただいた。

美味しかった。

 

次は尻屋崎。
f:id:sengayk:20260525142852j:image
f:id:sengayk:20260525142813j:image

ここは爆風で、初めて風で命の危機を感じた。

寒立馬は内陸の方の牧場にいたらしい。


f:id:sengayk:20260525142907j:image

日本海と太平洋の境目?波が複雑だった。

久しぶりの太平洋側に少し安堵しながら、再度むつ市へ向かい、横浜町の菜の花畑へ。


f:id:sengayk:20260525142835j:image

遠く下北半島の釜臥山が見える。今度恐山とセットで行ってみたい。


f:id:sengayk:20260525142809j:image

菜の花畑もシーズンなのか綺麗に咲いているスポットがたくさんあった。

 

そのまま野辺地経由で十和田市へ。

f:id:sengayk:20260525144230j:image

ホテルから遠く八甲田山が見えた。

東北の話【津軽半島】

f:id:sengayk:20260525135251j:image

翌日は少し天気が悪かった。

雨雲が下(南)から北上してきているのを確認して、朝は早めに出発した。

五所川原ももう少し見てみたかったな。

 

高山稲荷神社

f:id:sengayk:20260525134521j:image
f:id:sengayk:20260525134517j:image

やはり鳥居に目が行くのかもしれないが、こぢんまりしてて和む。

花が綺麗に咲いて、夏場は蓮華や紫陽花も咲くのかな。

また別の季節に訪問した時はその時その時で美しい風景が見られるのかと思うと楽しみになるような場所だった。

 

稲荷神社の近くに施設があり、車力村の人たちが難破船を助けた話について展示してあった。

チェスボロー号関連/つがる市

車力は私の大学の友達の地元だ。アツくて他人の痛みを自分の痛みとして捉えられるとても良い子だ。

この話、串本で読んだエルトゥールル号の話ととてもよく似ている。

 

そこから津軽半島を北上して竜飛を目指す。

またもやメロンロードという名前のついた道路を通るがここがすごかった。

信号が本当にない。高速道路並みに何も無かった。

展望もないが北海道に次ぐ、真っ直ぐ道路。

 

そこから半島内部へと入り込んでいく

竜泊ライン。ここはツーリングやドライブでは有名なルートだ。低木中心で眺めがいい。カーブもキツすぎず、走りやすい。

やはり北海道や礼文島の景色を思い出した。

 

途中、道の駅でメバル定食とイカを食べた。

f:id:sengayk:20260525135605j:image
f:id:sengayk:20260525135602j:image

実家に帰ったら父から「メバルならこないだ海に入れてた網に40匹くらい入ってたよ」と言われてズッコケた。そうじゃないんだよ〜

さすが海の男、何を聞いても何かしら返ってくるが自慢げで少し鼻につく。だが尊敬してる。自分の知らない知識を身に付けてる人は素直に尊敬している。

イカが違うらしいがぶっちゃけ全然わからん。イカの刺身って大体コリコリしてて甘いでしょ。

 

津軽半島で驚くのはその標高だった。短時間でかなりの高さを登り、目の前に日本海が広がった時は恐怖を覚えたほどだった。

眺瞰台の展望台がすごく怖かった。が、景色は一級品だった。伝わらなくて悔しい。

f:id:sengayk:20260525140212j:image

 

このように海から急峻な山を登り、海の展望が開けるのは福井の越前の水仙ランドあたりが印象に残っている。

あそこは道路もコンパクトで、ちょっとアクセル踏んだら海まで吹っ飛んでいきそうでとてもスリリングだった。

あとは新潟の弥彦山だろうか。山陰海岸の伊根の手前あたりも。

 

足がすくむが、晴れた日はとんでもない清々しさだろう。

ここも高所恐怖症の夫とまた来たい。

 

竜飛岬の突端に到着した。意外と人がいて、絶え間なく「爆音津軽海峡冬景色」が流されていた。

f:id:sengayk:20260525140607j:image

晴れてる日に来たかったが、演歌と合わせてみると悪天でも様になる。この歌のおかげでそう思える。

そして地味に気になっていた階段国道や竜飛灯台を散策。

f:id:sengayk:20260525140639j:image
f:id:sengayk:20260525140651j:image
f:id:sengayk:20260525140642j:image
f:id:sengayk:20260525140647j:image
f:id:sengayk:20260525140655j:image

途中で雨が降ってきたので高野崎から外ヶ浜経由で青森へ向かう。

途中の道も海沿いを延々と走る。晴れてたらどんな色なんだろう。どんな景色なんだろう。

太宰治の「津軽」には「雪解け水が溶け込んだような透き通った青」と表現されていたので、また晴れた春の日に来たい。

 

青森市で味噌牛乳カレーラーメンを食べる。

f:id:sengayk:20260525140855j:image

店では地元の農家のおんちゃん3人が作業着姿で駄弁りながら思い思いのメニューを食べていた。訛ってるけど聞き取れない程ではない。さすが県庁所在地市内なだけある。

まろやかなカレーの風味の味噌ラーメン。やっぱり東北だから量は多くて味もしっかりしててめちゃくちゃ腹に溜まった。

ラーメン1杯で満足できる量がいいんだよなぁ。

 

そのままなんとなく青森駅前へ。

アウガと呼ばれる建物の駐車場へ。

デパート的なものかと思ったら、市役所だった。そして1階が魚臭いと思ったら地下が市場になっていた。

昼過ぎだったのでどこも閑散としていたが、青森に泊まって朝に来てみたら面白そうだ。

なんとなく県中心部の駅舎を写真に納めるのが趣味っぽくなっているので青森駅へ。

f:id:sengayk:20260525140922j:image

平日だが意外と人は多い。スーツケースを携えている人がいるので帰省や旅行だろう。

駅直結のビルやその近辺を歩き回る。

f:id:sengayk:20260525140952j:image
f:id:sengayk:20260525140957j:image

ねぶたの施設やアスパムという観光地があったがスルーしてしまった。

 

商店街も味がある。雨で平日夕方前の時間だからわからないが休日の昼間はどんな感じなんだろう。

f:id:sengayk:20260525141036j:image
f:id:sengayk:20260525141039j:image
f:id:sengayk:20260525141033j:image

興味あるが冒険心はなく、ファッションビルらしきTHREEという建物に入った。

1階はフードコートでいろんなジャンルの食べ物が食べられそうだ。

だが一番混んでいたのはバーガーキングだった。(ちなみに秋田も)

地元民がちゃんと使っている証明だ。

化粧品フロアがあった。各ブランドごとにカウンターがあるわけではないが、コスメキッチンのような感じで主要ブランドはある程度網羅されていた。

そして文具展が開かれていて、ちょっと散策した。

平日昼間のオシャレビルは客が少なく、店員がすごくお喋りしていた。

 

今日は青森市内で泊まるか、このままむつ市まで行くか迷っていた。

青森市に三内丸山遺跡や青森美術館などがあるが、あまり興味をそそられず。

そして奴が住んでいる。

気分が落ち込むのでむつ市へ向かうことにした。

 

4号線を東へ。浅虫に向かう途中で一車線に。

浅虫は海に面している温泉街のようになっている。ここも水族館があるので観光地なのだろう。

野辺地へ。少し大きめの町といった感じ。

 

そのままむつへ走るが、途中で雨と風が強くなり暗くなってきて民家が全くない少し起伏のある地帯を爆走した。坂を越えていく感じだったので、坂から降りた時に水溜りに突っ込んで少しスリップしてすごく怖かった。

 

むつ市へついた。まずケーズデンキやドンキホーテが見えて安心する。マクドナルドが煌々と輝いている。

今まで見たドンキホーテの中で一番綺麗だ。テスターが荒らされていない。

 

地図上で見ると青森のバッグクロージャーたる最果ての謎地帯に見えるが、全国チェーンはおおまかに一通りあり、大きめの街だ。

青森・弘前・八戸が街として大きいというイメージがあったがむつも入り込むだろう。

 

東北は人がいなくて自然が多い環境にホッとする〜なんて普段は言いながら、悪天時は人工物や人がいることにホッとするんだから勝手なもんだ。

東北の話【青森西海岸】

さあ因縁の青森だ。

悔しいけどめちゃくちゃ美しい。

来てみないとわからなかった。

 

f:id:sengayk:20260514021200j:image

秋田から青森の県境を超えたところ。

八森のあたりも海沿いに大きな木とかはそんなになく、ずっと景色が良かった。

走ってて気持ちいい1本道だった。

 

そして深浦町。

不老ふ死温泉はちょっと勇気が出ず、千畳敷を見た。

十二湖とか大イチョウとかも有名だと思うけど寄らなかった。

気ままな一人旅。
f:id:sengayk:20260514021129j:image

千畳敷。

ここに奴も立っていた。


f:id:sengayk:20260514021203j:image

夕陽の街だが夕暮れには少し早かった。


f:id:sengayk:20260514021146j:image

こういう岩を宮崎の鬼の洗濯板とか、三重の鬼ヶ城とか、高知の竜串で見た。

同じでき方なのかな?

山形新潟福井で柱状節理を見た時の感覚だ。

どれだけ新幹線に乗って飛行機に乗って県境を越えても日本は日本なのだ。


f:id:sengayk:20260514021133j:image
f:id:sengayk:20260514021143j:image
f:id:sengayk:20260514021150j:image

海岸の隆起によってできた海岸。

岩の色がさまざまで、地質学とか地理とか詳しい人からしたら面白いんだろうな。

 

旅行にたくさん行くようになってから、受験で選ばなかった地理を勉強しておけば良かったと何度も思う。

倫理とか世界史とか日本史もちゃんと勉強しておけば良かった。

理系進学だったのと暗記教科がとても苦手だったのもあって捨ててしまった。

旅行してると平家の落人伝説とか、ここは〇〇藩の領土で〇〇藩とはこういう関係だったとか、そういう話がたくさん出てくる。

民俗学とか文化人類学とかそういう話が好きなことに気づいたから、その視点から日本史を勉強したら面白かったかもしれない。

 

あの時の勉強は稼ぐための仕事に就くための勉強で、今の勉強は純粋な好奇心や知識欲からくる勉強だ。

学生の時の自分に「人生は勉強の連続」だと言うと嫌な気分になるだろうが、今の勉強は楽しいと伝えたい。


f:id:sengayk:20260514021140j:image

絶景路線の五能線。

いつか歳をとったら夫とゆっくり乗りにきてみたい。

 

五所川原に行く前に鶴田町へ来た。

f:id:sengayk:20260514023347j:image
f:id:sengayk:20260514023344j:image

秋田青森では桜は散ってしまったが八重桜?が満開でボロンボロン咲いていた。


f:id:sengayk:20260514021207j:image
f:id:sengayk:20260514021153j:image
f:id:sengayk:20260514021156j:image

鶴の舞橋と岩木山。

息を呑むほど美しかった。

 

五所川原で宿泊。
f:id:sengayk:20260514021136j:image

雪国でよく見るこのポールがごんぶとだった。

雪がたくさん降って折れないように、かな?

 

昼間は半袖でもいいかなってくらいの陽気だったけど、夜は6〜7℃くらいに冷えた。

まだ冬の名残があるようにも感じるが、確実に1歩1歩春を超えている。

 

東北って極端。冬はとても寒くなるし、春はわかりやすく「芽吹の季節ですよーー」ってアピールしてくるし、夏は暑くなるけど一瞬でその夏に胸がキュンとなってたし、秋はお盆過ぎたらわかりやすく涼しくなっていって。

冬は雪ガンガン降って真っ白くなって山の緑も消え失せて、白過ぎて夜が明るい。夏は逆に空も海も山もとんでもなくビビットで。春はところ構わず花が咲くなら咲くでちゃんと咲いてて、秋は容赦なく紅葉して。

 

細かいこと言うと私は宮城の沿岸部の生まれなので豪雪地帯ではない。

昔は毎年かまくら作って遊んだりしてたが、ここ最近は年に1〜2回積もる程度で、雪かきはその時だけ。

奥羽山脈近辺や豪雪地帯や盆地より全然生ぬるい。

なんならもっと緯度的に南の地方や夏は暑いで有名な地方よりも冬は穏やかかもしれない。

 

だからか、同じ東北でも雪がたくさん降るであろう地域の暮らしが想像できない。

地方の外に出て「地元は東北です」って言うと、大体「雪大変でしょ〜」と言われる。

だが私の地元は温暖で、今住んでる東海と比べると気温が2〜3度低いくらいで、雪なんてこっちの方が積もってても地元はチラつく程度なんてこともある。

それを説明するのもまた手間で。

冬に東北に来たことない人は、白河の関を超えた瞬間豪雪地帯だと思ってる人が多い。

だからみんなが想像する「スタンダードな東北」出身では無い。それが少し悲しい。

 

甲子園では同じ東北だからと他県の応援をするし、遠く離れた地で東北の人に会ったら少し親近感というかお節介というか心配する気持ちすら湧く。

そんなに仲間意識があるくせに、距離的にはほぼ九州二つぶん、名古屋から山口くらいまでの範囲が東北なのだ。

方言も微妙に違えば習俗も違う。

北前船の影響がある地域もあれば、蝦夷の地、蝦夷と戦う朝廷側の最前線だった地もある。

雪をほぼ知らない東北人、毎年雪と戦い共存する東北人。

それを「東北」でまとめていいのか少し疑問に思った。

東北の話【初めての秋田沿岸部】

秋田に飛んだ。

f:id:sengayk:20260504205520j:image

鳥海山を初めて上から見た。

2度ほど訪れているが、かつて自分があの山の上にいたと思うと感慨深い。


f:id:sengayk:20260504205506j:image
f:id:sengayk:20260504205516j:image
f:id:sengayk:20260504205513j:image

秋田空港

これでもかと秋田らしさを押し出している。

到着ロビーの外には帰省する子供達を迎えにきたであろう家族の人たちが待ち構えてて微笑ましかった。

お土産屋さんの店員さんも朗らかで優しく、警備員のおっちゃんたちは人がいなくなるとしゃがんで駄弁っているという緩い雰囲気だった。

都会と違って長閑だ。それでいい。

 

リムジンバスに揺られて1時間ほどで秋田駅に着いた。

f:id:sengayk:20260504205952j:image
f:id:sengayk:20260504205945j:image

バスの停留所が木で出来てて、夜の時間帯は雰囲気があってとてもいい。


f:id:sengayk:20260504205948j:image
f:id:sengayk:20260504205941j:image
f:id:sengayk:20260504205957j:image
f:id:sengayk:20260504205937j:image

駅構内も歓迎ムードで見てて楽しい。

 

f:id:sengayk:20260504210224j:image

駅ビル内の稲庭うどんを食べた。

湯沢市に行ったことがあり(宮城からだと栗駒山を超えたり鬼首から割とすぐ)稲庭うどんも讃岐うどんなどに比べると私の地元ではポピュラーな食べ物だ。

なんと言ってもコシのあるつるつるの麺が爽やかで美味しい。

お店で食べるのは珍しいので食べられてよかった。

 

駅ビルの中は20時で大体の店が閉まる。

商店街の方も居酒屋を除けば20時でみんな閉まる。

それでいい。人は暗くなったら家に帰って早く寝るべきである。

 

f:id:sengayk:20260504210507j:image

そんな中、商店街で竿燈祭りの練習?をしていた。

少し驚いたのは竿燈は男性がやっていたが、太鼓や笛は女性が担当していたこと。

30分くらい変わるがわる竿燈をおでこ、肩、手のひら、腰と移動して次の人へバトンタッチする様子を口をポカンと開けて見上げていた。

それと同時に、太鼓の叩き手が交代すると音色が変わるのが面白かった。

日本の祭り囃子も多種多様で、初めて聴く旋律に「自分の知らない土地へ来たんだ」という実感が湧いてきた。

 

次の日からレンタカーを借りていよいよ秋田青森沿岸部制覇の旅に出る。

f:id:sengayk:20260505234017j:image

4/30のルート

 

f:id:sengayk:20260504211041j:image
f:id:sengayk:20260504211049j:image

桜並木と菜の花ロード(大潟市)

ソメイヨシノの旬は過ぎていたが、菜の花と八重桜が咲いていた。

とても綺麗で感動した。

写真では伝わりづらいが「え?!死んだ?!ここが天国か?!」と見紛うほどの光景だった。

理由はないけど急に泣きそうになった。

お気に入りの桜スポットとか花スポットとかもあるけど、凌駕していた。

間違いなく「1番」だった。

それがドライブで15分ほど続くんだから満足度が高い。

八郎潟も気になっていたので走れてよかった。

とても見晴らしがよく、この面積を人工で干潟にしたのは驚きだ。

東北って高い建物がなくて開けてる。これだから好きなんだよ。

 

次は寒風山
f:id:sengayk:20260504211053j:image

見渡す限りの大パノラマ

f:id:sengayk:20260504211045j:image

草原

f:id:sengayk:20260504211102j:image

回転展望台

f:id:sengayk:20260504211037j:image

火口付近


f:id:sengayk:20260504211057j:image

わかりやすい画像なのでここで感じたことを。

秋田はじめ東北の春の山は、このように新芽の淡い緑と花咲く木と少し茶ばんだ木が混在している。

いまは東海に住んでいて、飛行機で秋田上空を飛んでいて山を上から見て気がついた。

「山がとてもカラフル!」

春先に宮城に帰った時に「山が枯れ木だ」と気づいたのと同様だ。

f:id:sengayk:20260513020102j:image

調べてみると植生が違うらしい。

高知の室戸岬や鹿児島へ行ったときも植生が違うと感じていたが、地元に改めて帰って違いに気づいた。

「そうだ、春先のGWに奥羽山脈をドライブすると、山を登るほど新芽の優しい緑が目にやさしくて、雨を経るごとにその緑が濃くなっていくんだ」

寒くて長い冬を乗り越えて、花が芽吹き色鮮やかになっていく山々を見たら心が弾むのかもしれない。

 

東北の四季はハッキリしている。

大雪を嫌う気持ちもわかるが、それもまた四季の一つだ。

日本は四季があるから!なんて言う一方で、「雪が降るところなんて住めない」なんて住んでもないくせに言わないで欲しい。

昔から飢饉とか人口流出とか陰湿だとか言われる東北地方だけど、私は日本らしい季節の移り変わりが美しい土地を誇りに思うよ。


f:id:sengayk:20260504211107j:image

寒風山

名の通り寒いかと思ったが爽やかな風が吹き抜けて半袖でも大丈夫な気温だった。


f:id:sengayk:20260504211028j:image

遠くに鳥海山が見える

まだ由利本荘から秋田市手前までは走ったことがない(逆に言うとそれ以外の日本海側は制覇した)ので次の目標はあのあたりかな?

GWはじめということで少し交通量があったがおおよそ快走路だった。

 

そして次は男鹿半島を回る。

f:id:sengayk:20260505234254j:image
f:id:sengayk:20260505234250j:image

鵜ノ崎海岸公園

遠くに見える岩礁が波を打ち消し、湖面のような海面に空の色が映る様が「ウユニ塩湖」に例えられる。

香川県の父母ヶ浜も同じように例えられる。

晴れた日の午前中や、夕方ならもっと綺麗に見られそう。


f:id:sengayk:20260505234259j:image

途中にいたなまはげ。

勢いがあって雄々しい。

 

f:id:sengayk:20260505234651j:image
f:id:sengayk:20260505234656j:image

そのあとはアップダウン・カーブの続く道を抜けていく。海が見えて楽しい道路だ。

どこに似てるだろう?ちょっと能登に似てるかな?

遠くにフェリーが見えた。どこに行くのかな?新日本海フェリーかな?

 

入道崎灯台へ。

f:id:sengayk:20260513014516j:image

f:id:sengayk:20260513014536j:image

館内は数百円払って見学できる。

長い長い螺旋階段を抜けると…

f:id:sengayk:20260513014608j:image
f:id:sengayk:20260513014612j:image
f:id:sengayk:20260513014615j:image

景色が綺麗!

日本海の海の色、強い風に吹きさらされる大地、波に削られる海岸線

こういう低木や芝生のみの吹きっさらしの大地を見ると北海道や礼文島を思い出す。

新潟の海岸線を南下していく道路にも似たような道路があったっけ。

 

遥か遠くに白神山地の冠雪が見える。

今からあそこを越えていく。

f:id:sengayk:20260513014949j:image

 

男鹿半島から能代へ。

普通は高速道路を通るのだが、今回は沿岸部のメロンロードを走ってみる。

 

沿岸に建てられた風車が圧巻だ。

実際に見るとスケールが本当にすごい。

f:id:sengayk:20260513015054j:image

能代市の沿岸は長く、波が打ちつけていて、島根の西部の三里が浜海岸を思い出した。

秋田沿岸の風景はいろんな日本海側の景色を思い出した。

今まで色々巡ってたんだな。

 

それにしても秋田に何もないなんて言わせねえよ?ってほど「また来たいな」と思うところが沢山あった。

内陸部も田沢湖とか角館とかしばらく行ってないし、他にもまだまだ見られてない。

しかも四季考えると何回も来なきゃないって思う。

東北6県それぞれ素晴らしい景色が沢山あるから「四季」をかけて24回くらい東北に旅行に来て欲しい。

 

東北に住んでる時に沢山巡っておけば良かった。勿体無いことをした気もする。

でも他の地方には他の地方なりの良いところや面白いところもたくさんあったし、それは東北から出てみなきゃわからなかった。逆に出てみて東北の良さを再確認した。

無駄な経験なんてないと思う。

再発の話【はてなブログの存在をなぜ思い出したのか】

GW中、私は愛する夫を一人自宅に置いて、東北の地に立った。

 

「初めての(正確には一度南端の階上町に侵入したことがある)青森旅行」のため。

不妊治療を始めるにあたり「子供が生まれたらこの無謀な旅行ともおさらばか」という思いがあり、「生き急いでるな」と思われるようなペースでいろんなところに行っている。

 

今回は4/29〜5/7まで休みをとり、5/4まで青森旅行だ。

その最後の夜に、はてなブログを思い出した。

「青森ってスゲェ。みくびってた。いろんな景色あるからこりゃ記録に残したい」と思ったからだ。

 

と、同時にいろんな地方や県に行ってた私が「なぜ頑なに青森を避けたのか」に思い当たる。

ズバリ「過去のトラウマ」だ。

「若さゆえの過ち」という言葉で収まる程度のトラウマかもしれない。

私にとっては非常にヘビーでもあり、大人の今の私からしたら若い頃の私の馬鹿馬鹿しくもある話だ。

 

正直19〜29歳くらいまで本当に恋愛がうまくいかなかった。というかヤケクソだった。胸のトキメキなんて無くなりもはや不整脈だった。時間を無駄にした。一生の後悔になると思う。

男性不信に陥ってたと思う。誰と付き合っても誰も好きじゃなかった。仮面を被った私に一方的に幻想を抱いて付き合いを申し込んできて付き合っても、可愛げがないので勝手に幻滅して去っていく。

 

「ほーら、中身なんて何一つ分からねぇくせに無責任に好いた惚れたやってんじゃねーよ。」

自分に向けた言葉でもある。

 

いつでも奴を思い出せば怒って泣いて悔しがれるくらいの精神状態で、「青森」の言葉を見ると胃がムカムカするくらいだった。奴は青森の男だった。

幸せになって欲しくない。一族郎党不幸になって欲しい。ずーっとそう思ってる。今でも思ってる。

 

独身の頃、一時期は「もう視界に入らない奴は死んだ判定」ということで「もう地獄へ逝ったか」と思って過ごしてた。勉強にアルバイトに仕事にドライブに何かをして気を紛らわすしかなかった。

そういうことをしてないとSNSを見てしまう。調べてしまう。奴が残した断片的な情報がいつまでも頭にこびりついている。

無駄な執着だとわかっていた。

 

それもこれも結婚してから一気に解消されていた。

やっぱり自分を大切にしてくれる人というのは偉大だ。なんでもどうでも良くなる。一緒にいると、常に夫の幸せを一番に、二人で幸せになることを二番目に考えるようになった。

時々思い出すことがあっても「死んだかもしれんけど生きててももう関係ねーしクソどうでもいい」と思っていた。

 

でもやっぱ心の奥底では憎しみが残ってた。

青森の美しい景色を見るたびに、感嘆のため息と共に怒りを押し殺したような何かを諦めたようなため息が混じってしまう。

過去の自分を責めてしまう。

「なんであの時…」が何回も何回も襲いかかってきた。

 

友達や親友には話したことがない。恥ずかしい。こんな馬鹿なのかと思われる。どこにも吐き出すところがなかった。

夫にももちろん。ただ今回一人で来てしまったので考える時間が思い出す時間ができてしまった。

 

メンケアの掲示板でも雑記というよりも簡略的に書いて相談している方が多いのでなんだか向かない。

とにかくこの馬鹿馬鹿しい話をなんとかして消化したいのだ。

 

今度は夫と一緒に青森に来たい。素晴らしい景色と美味しい料理を一緒に楽しみたい。

避けてたなんて、なんて勿体無い事をしたんだろう。

「奴がここにいたんだ」「ここで育ったんだ」「ここで子供と遊んでるんだ」と思うよりも

「ここに夫連れてきたらびっくりするかな」「これ夫に食べて欲しいな」「ここ一緒に歩きたいな」をどんどん見つけた。

そうやって思い出とか記憶を上書きしてどんどん希釈していきたい。