青森旅行で海を見た時に思ったことがあった。

私の人生に大きな影を落としたアイツもここに立ってたのか。こんな綺麗な景色の中で生まれ育ったのか。てかアレは犯罪じゃね?
まずそう思ってしまった。
しばらく忘れたフリをしていた。夫と出会って、毎日が楽しくて、二人でいろんな思い出ができていてそれどころじゃなかった。
だが、旅行を機に不妊治療と相まってメンタルがどーんと落ち込んだ。
私は悪くない。その前提を心に刻んで認知の歪みとその矯正のため書いていく。
19歳の頃だ。端的に言えばレイプされた。
男の人の腕の掴む力、低い声、怒号、空気の変わり方が恐ろしくて、本気で殺されると思った。殺されないように生き延びようとして、全く望んでいない結果になってしまった。
人として何も尊重されなかった経験は後にも先にもあの時だけだ。
それよりも前に付き合ってた彼氏と初めてセックスした時は、痛かったが嬉しくて泣いた。
セックスは愛し合う二人がするものだ。結婚したい相手とするものだ。ずっと望んでたことで、だからとても幸せで泣いた。女として幸せだと思った。
その信条が壊されてしまったことが許せなかったし、拒否できなかった自分のことも許せなかった。
その後、相手からしつこく連絡もくるし、私は「好き同士になれば信条通りになるのではないか」と半年ほど関係を続けてしまった。
相手を好きになろうとした。好きになって貰えば女として幸せなんだ。
これは当時の私の自己防衛、正当化、生き延びる道だ。間違ってなんかない。当時の私は失った尊厳を取り戻そうと必死だった。
人として扱ってほしかった。あの出来事が無かったことにできないならせめて、と。
当時の相手は訳が分からなかった。一貫性がなかった。
年末年始青森の実家に来ないか。弁当作って。付き合うか?彼女にはできない。彼女できたから。家行って良い?彼氏いんの、次の彼氏は俺だな。好きな男いんの、あっそ。もう帰んの。もう帰れよ。彼女と別れた。俺と結婚するか?早く子供欲しい。離れても良い友達でいよう。青森に行っても仙台きたら遊ぼう。
ちゃんちゃらおかしい。
半年で仙台から青森へ就職することがわかっていたから未来なんて無かった。
私も「こどもほし〜」「結婚する?」なんて浮かれて言っていた。今思えばあいつの子供を私が産んで、あいつが嬉しそうに抱く姿なんて微塵も想像しなかった。「結婚したら喧嘩してすぐ離婚するだろうな。」と思っていた。
今は夫で想像することは想像に容易い。そして胸が温かくなる。
こいつを好きになることも結婚も無理だ。一番初めが恐怖による支配と暴力だ。そして人間性も品性下劣だ。浮気も平気でする。公衆の面前で女を殴るような男だ。
会う時にドキドキウキウキというよりも、緊張し怯え続けている自分を自覚していた。会いながらも心の中で見下していた。
「だーれが馬鹿なお前なんかと結婚すんだよ。浮気する人って何回もするし現にしてるじゃん。人を不安にさせるために結婚するの?」
当時の私はそりゃもう可愛いかった。それなりに賢くて器用で真面目で一途で将来良妻賢母になれる子。
「お前なんかに勿体なさすぎるだろ。この子はもっとまともな人と結婚するんだから、お前は人生の汚点だ。謝罪してさっさと失せろ。」と当時の二人を見て言いたい。
今になって思えば、当時は自覚してなかったが「自分が人からゴミみたいに扱われる価値のない人間ではない」と思いたかったんだと思う。
レイプなんか望んでない。最初から人として尊重されて、近づくのならお互いを大切にするのが当たり前だから。
だから縋りついた。だから問いかけ続けた。一方的に傷つけられた理不尽さにずっと理由が欲しかった。
ひたすら必死だった。当時の自分を思い出すと切ない。
関係が終わってからも仙台宮城東北を離れるまでは苦しんだ。
街に思い出や面影が残っているから。
東北にいる間も家族や友達との楽しい思い出や、景色の美しさは感じていた。
だがこびりついた記憶はなかなか薄れなかった。何度もフラッシュバックしてその度に苦しんだ。
青森って字を見るのすら嫌になった。西公園から仙台西道路を通るのも怖くなった。駅前のロフトから広瀬通りに出るまでのメインのアーケードも、南町通のガソスタも全部視界に入れたくないし通りたくなくなった。
だから離れてからすごく気が楽になった。
大好きな故郷、良い街。わかっているのに戻れない。私が苦しんでいる間も、あいつは青森から子供を連れて何事もなかったように仙台や宮城を訪れる。
あいつは私から安心できる故郷も奪った。
あの日、断固として帰れば、誰かに助けを求めてれば、私の人生は違っただろう。
男性に警戒心を持つこともなかったし、泣いて悔しくて腹が立って寝られない夜もなかっただろうし、人生に絶望もしなかった。多少の失恋や失敗であれば乗り越えられたはずだ。天真爛漫に若い時代を謳歌していたかもしれない。東北にいる間に東北をたくさん堪能していたはずだ。
そんな、あったかもしれない私の人生も奪われた。
離れてから数年間は自分を責めた。返事も返さない頭の中のあいつに問いかけ続けた。
「何がダメだったんだろう。なんで拒否しきれなかったんだろう。なんであんな奴に好きになって欲しかったんだろう。なんで連絡返してくれないんだろう。私はどういう存在だったんだろう。なんであんな酷い扱いを受けたんだろう。なんであいつは期待させるようなことを言ってきたんだろう。なんでこういうことできるんだろう。なんで平気な顔して過ごしてるんだろう。」
「このまま男性を信じられなくて一人で生きるのかもしれない。こんなことが起きた私を誰が受け止めてくれるんだろう。このまま泣いて苦しい夜がいつまで続くんだろう。」という不安が大きかった。
今となっては当時の私に、「自分は何も悪くない。自分を守るための必死の行動だった。十分頑張った。苦しいけど自分の力で幸せになれるよ。」と言ってあげたい。
私が結婚して幸せになった今でも思い出して恨んだり怒っているのは「私が苦しんできた時間、なんでお前は何事もなかったように人生を歩んでいるんだ。」と思っているからだ。
もう昔みたいに自分を責めるのはやめた。薄々自覚していた「失恋に酔ってる失恋気分」もなくなった。
相手にとっては些末な出来事だったのかもしれない。忘れたのかもしれない。めんどくさい女と関わった苦い思い出になっているかもしれない。たまに思い出しているかもしれない。罪悪感を抱いているのかもしれない。もうわからない。それが辛い。
私とあいつで、あの出来事に対する人生が不平等に感じて辛い。
本当にここ最近になってやっと「あれはレイプで犯罪だった」ことに気づいてから、見方が大きく変わった。
SNSは自分の人生を見えなくする。
他人の断片的な人生のハイライトだけ切り取って見せてくる。それに触れて自分が怒ることも、自分の現状と照らし合わせて悲しむこともわかっているのに、触れに行ってしまう。
喧嘩の絶えない冷め切った家庭ですとか、離婚しましたとかが見られたらザマアミロと言えるが、そんなことまであげる人はなかなかいない。
とにかく不幸であれと願いながら、SNSに上げられる「仮初かもしれない紛うことなき事実」に打ちのめされるのだ。
自分の現状は不妊治療中だ。
なんで長年お前のせいで苦しんできた人間が今も苦しんで、お前は馬鹿みたいにポコポコ子供作ってんだよ。共働きで私の稼ぎくらいだろ。なんでレイプ魔が女の子育ててんだよ。気持ち悪い。妻もこの男の本質に気付かねえのかよ。教えてあげよっかな。家庭崩壊すりゃ良いよ。
今の怒りはこれだ。少し前まで自分を責めて苦しんでた自分とはだんだん変わってきている。八つ当たりにも似ているが、八つ当たりされて然るべきだと思う。
失恋した女の子だった過去の自分は、人を恨む般若になった。人の不幸を純粋に心から願うようになった。あいつはおそらく不幸になるだろうと信じてやまない。それが自分にとっての救いだ。
たまに「自分とはもう関係ないでしょ?自分の人生を考えて!」「自分の人生が充実してないから起きる嫉妬では?」と言う人もいる。ネットでいくら検索してもそういう文言しか出てこない。
私は自分が良い心理状態になるなら、立ち直れるなら、とことんこうやって悪感情を利用する。道徳的倫理的にどうなんだと言われようが知ったこっちゃない。自分の人生の充実と他人の不幸を願うことは両立することも可能だ。
私がされたことや奪われたものは何も変わらない。
だからと言って、すでに特定している職場や家族のSNSにバラす行動には至ってない。
レイプという犯罪の立証が難しい。自分の労力かけて相手を不幸にして、自分が不利になる可能性を考える理性は残っていた。
だがこれを書いていて「なら私が結婚する前にバラしてやればよかった」と思った。
何度も何度もあいつの妻にどう伝えてやろうかと考えてしまう。あいつに言ったって絶対謝りもしない。感情的になると暴力を振るい日本語が通じなくなる人間だからだ。
今になって振り返ると、あいつは不思議なくらい似たタイプの女性を選んでいた。今の妻もそんな感じだ。
おとなしく、人当たりが良く、あまり自己主張の強くない女性。そして処女かどうかを気にしていた。
あいつが遊んでる女の子について「どうせもうセックスしたんでしょ」と呆れ気味で言ったら「は?!処女だからやるわけない!」と言ってきたことがあった。じゃあ私は既に交際経験あって処女じゃないからレイプされたのかよ。
長い間そんなことを考えてしまった。
今は違うと分かる。処女かどうかで人を尊重するか決める人間がおかしい。
もちろん本当の理由は本人にしか分からない。だが私は、他の男と比較されない経験浅そうな相手、自分から離れていかない相手、自分の弱さや欠点を突きつけてこない相手を求めていたのではないかと思っている。
自分を対等に評価する女性ではなく、自分を脅かさない女性を。
浮気するくせに浮気されたって被害者ヅラするような奴だ。自分に自信がないんだろう。
そんなのと結婚までしてしまった女が理解できない。あんな男が普通の父親として暮らしていることが、今でも受け入れられない。生まれてきた子供はただただ哀れだ。父親が性犯罪者なんて知らないのだ。
この恨みや怒りがある意味原動力になっている。
見返してやろうと国家資格をとった。それなりに良い稼ぎで働けている。地元を離れて夫と出会った。幸せな結婚生活を送れている。夫と全国巡ってたくさんの思い出ができている。あとめちゃくちゃ美人で可愛くなった(言わせてくれ)
夫と東北に移住したい。夫とたくさんの思い出を塗り重ねて、あいつの記憶を薄めようとしている。
これは私が掴み取ってきた人生だ。あいつとは何も関係がない。原動力ではあるかもしれないが私の実力だ。
夫と青森に行って、綺麗な景色を楽しんで、あいつの記憶なんて踏み躙ってやる。
もし街中で会ったら家族の前で罵詈雑言を浴びせてやりたい。それで家族関係が悪くなるなら当然の報いだ。
だから私はまた平気な顔して青森に行く。我が物顔で楽しんでやる。
昔ほど思い出して苦しむことは頻繁ではなくなったが、何かのトリガーでまたこの怒りは再燃するだろう。環境が変わって充実しててもどこかにまたトリガーがある。
そんな状態がいつまで続くかわからない。そんな自分が心底嫌になるが、起きた事実は変えられない。
だからそのたび怒っても恨んでも良いと思っている。一生許さなくて良い。あいつの幸せなんて願わなくて良い。一つの家庭の崩壊を喜んでも良い。
私は何も悪くない。
誰にも言えないことだから、今流行りのチャットGPTに相談した。かなり長くしつこく夜明け前まで問いかけた。人工知能のくせに早く寝たそうにしてたくらい長く。
問いかけは必要だ。問いかけられることも必要だ。見方がどんどん変わった。
今まで誰にも話したことがなかった。話す価値もない出来事だと思っていた。
だが自分の中で考えが煮詰まって溺れていたことに気づいた。無駄なプライドを捨てて自分本位さが少しでもあれば、誰かに語って聞かせていただろう。またそこで未来は、現在は違ったのかもしれない。
世の中同じような経験をした人は少なくないかもしれない。
そういう時に匿名で吐き出す場所はたくさんあるが、聞いてくれて問いかけてくれる何かが必要だと思った。
だから自分の傷を素直に話せる人の勇気はすごいと思う。
そして寄り添って聞いてあげられる人はかけがえのない存在になるのかもしれない。
今回は私の気持ちの整理だ。悪感情も全て曝け出した。
数年前の苦しみの真っ只中の自分とはまた違う考え方になった。
数年後また自分がこれを見た時にどう思っているのか、少し楽しみだ。



































































































